〈プロローグ〉
「君は、君が見ているときだけ、月がそこに実在すると本気で信じているのかね?」
_アルベルト・アインシュタイン
パラレルワールドを語るには、「猫殺し」の話から始めねばならない。
かのアインシュタインが最も忌み嫌った物理学者、ハイゼンベルクが考案した
「シュレーディンガーの猫」という実験だ。まず、密室に猫を閉じこめる。部屋の内部には2分の1の
確率で崩壊する放射性物質が仕掛けてあり、放射性物質が崩壊すれば、猫は死んでしまうが、
部屋の外から猫の生死を観測することはできない。するとこういうことになる。
密室の中で、放射性物質の確率波動関数に運命を握られた猫は、誰かが扉をひらくまで、
半死半生の奇妙な状態に置かれる。フィルムの2重写しのように、生きている状態を死んでいる状態とが
重なり合って存在しているのだ。そして、観測者が扉を開けて確認した瞬間、猫の生と死は密室から
世界へと解き放たれる。すなわち世界の方が分岐するのだ。
観測者が生きている猫を見て喜ぶ世界と、死んだ猫を見て悲しむ世界へと・・・。
これがパラレルワールドである。この画期的な学説は、科学者たちに驚嘆をもって迎えられた。
現代知性の先端を走る分野において、世界は常に分岐しており、われわれが住むこの世界とは別の、
平行したパラレルワールドの存在はもはや否定できないものとなっている。「ここではない世界」
は既に認知されているのだ・・・。
「あなたが月を眺め、月がそこにあることを認識したときだけ、月の存在は事実となる」
_ロカ・ペニス